午前4時に空港に到着した後、「Yandex Go」という配車アプリを使ってタクシーを呼び、ホテルへ。
午前6時ごろにホテルに着き、そのままチェックインさせてもらえたので、シャワーを浴びてしばし仮眠をとりました。
そしていよいよ「青の都」サマルカンドの散策です!
レギスタン広場
まず訪れたのは、シルクロードを象徴する中央アジアで屈指の美しさを誇る「レギスタン広場」。広場を囲うように3つの大きなマドラサ(イスラム神学校)が建っています。

レギスタン広場
ウルグベク・マドラサ
向かって左側が「ウルグベク・マドラサ」。1420年に完成したもので、600年以上の歴史を持つ広場で最も古い建物です。
入り口が微妙に歪んでいるというか傾いていて、経年劣化によるものなのか、意図されたものなのかは謎ですが、気になりました(ウズベキスタンでは他にも歪んでいる建物が多かったです)。

ウルグベク・マドラサ
シェルドル・マドラサ
ウルグベク・マドラサと向かい合う「シェルドル・マドラサ」は17世紀に建てられたもの。
「ライオンのマドラサ」という名の通り、入り口上部のアーチには擬人化された太陽を背負ったライオンが鹿を追いかけている様子が描かれています。

シェルドル・マドラサ
偶像崇拝が禁じられているイスラム教でこうしたモチーフは例外的で、当時の支配者の権威を示すものなのだとか。

シェルドル・マドラサ
ティラカリ・マドラサ
向かって正面は「ティラカリ・マドラサ」。
最後に建てられたマドラサで、大きな礼拝空間があり、学校としてだけではなく、”メインモスク”の役割を果たしていたそうです。

ティラカリ・マドラサ
礼拝空間は、金色が眩しいそれはそれは非常に豪華な装飾で、「金で覆われた」という名前を冠しているのも納得。
建設当時は5キロの金箔が使われていたのだとか。

ティラカリ・マドラサ
天井はドームのように見えますが、実は平面で、遠近法を用いて模様が描かれているのだそうです。

ティラカリ・マドラサ
どのマドラサも内部は広い中庭を囲んだ二階建てで、当時は学生寮や教室として使われていたのだとか。
現在は1階にはお土産屋さんが軒を連ねています。

マドラサの中庭

マドラサの中庭

マドラサの中庭
私が見学した日は、民族衣装を着た子供たちが歌ったり踊ったりするイベントが行われていました。

民族衣装を着た子供たち
写真を撮らせてくれた可愛い女の子。

レギスタン広場

レギスタン広場

レギスタン広場
夜のライトアップされた姿も素敵でした。

夜のレギスタン広場
シャーヒ・ズィンダ廟群
ティムール帝国を築いたティムールゆかりの人々が眠る霊廟群「シャーヒ・ズィンダ廟群」。

シャーヒ・ズィンダ廟群の入り口

シャーヒ・ズィンダ廟群
細い参道の両脇には青いタイルで装飾された数々の霊廟が並んでいます。

シャーヒ・ズィンダ廟群
幾何学模様や植物の文様、星のモチーフ、アラビア語など多様な図柄が組み合わさっていて見事です。

シャーヒ・ズィンダ廟群

シャーヒ・ズィンダ廟群
ティムールの妹の廟「シリンベク・アカ廟」の内部は洗練された雰囲気。

シリンベク・アカ廟
特に細かいタイル装飾が際立っていたのは「ウスト・アリ・ネセフィ廟」。
説明によると、1360〜1370年代にアリという建築家によって建てられたということです。

ウスト・アリ・ネセフィ廟
そしてこの廟群で最も大切な聖域が、「シャーヒ・ズィンダ(生ける王)」という名前の由来になっているクサム・イブン・アッバースの霊廟です。

クサム・イブン・アッバース廟
木彫り装飾が施された扉は聖域への入り口なのだとか。

クサム・イブン・アッバース廟
クサム・イブン・アッバースは預言者ムハンマドの従兄弟で、中央アジアでの最初期のイスラム布教者の1人。
異教徒に首を刎ねられた際、首を抱えて井戸の中へ消え、今も生きているという伝説が残る人物です。

クサム・イブン・アッバース廟
この廟群を3回詣でれば、「サウジアラビアのメッカへの巡礼(ハッジ)に匹敵する功徳が得られる」と信じられてきたというほど、イスラム教徒にとって大切な場所なのだということです。
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【動画】サマルカンドの旅の様子youtu.be